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「上から目線」と言われた私が学んだ上下の誤解

何から書き始めたらいいのか分からないけれど、

最後に私の中に残ったのは

「ただ、楽しく遊びたかった」

それだけでした。

私はあるとき、

「上から目線」と言われました。

驚きました。そんなはずはないと。

確かに私は、人に物を教えるのが好きです。

頼られ、感謝されて、『必要とされた』という喜びがあるからでしょう。

ですが実は、

私にその言葉を投げた相手に、私が何かを教えたことはなかったのです。

そう言われないようずっと無意識に避けていたからです。

いつから避けるようになったのかすら覚えていません。

ここで分かりやすいよう例え話をひとつ。

子供が2人でキャッチボールをしていたとします。

片方は少しだけ投げるのが得意で、

もう片方はまだ上手く投げられません。

得意な子は自然と言いいます。

「もっと腕を上げるといいよ」

「肩を入れると飛ぶよ」と。

すると返ってきたのは、

「上から目線かよ、お前だってたいして上手くないくせに!」

ウッとなりますよね。

『自分はそんなつもりだった?これは上から目線なのだろうか?』

子供には、分かりません。

自分の態度が相手を不快にさせてしまった。

その子は決めました。

今後アドバイスなどはしない。

相手は、相手のペースで成長したいのだ。

そして、2度と「上から目線」と言われないためにも肝に銘じました。

自分はすごいわけじゃない。

上”と思ってはいけない。

ここで面白いことが起こります。

本来なら、

『周りの子達より、自分はキャッチボールが少し得意』とただ事実を認識していたはずが、

自分は“上”ではないと思い込もうとすると、

必然的に自分より出来ない人が存在することを認識せざるを得ないのです。

これが深層心理で、

“下”という概念を生み出しました。

相手から見たらどうでしょう。

自分より“上”と感じている人から“下”と見られていると感じ取るのです。

上下の意識など持っていなかったはずなのに、

お互いの心の中で、勝手に“上下の構図”が作られてしまう。

一見噛み合っているように見えて、

実は別々に存在している構図。

これは、相手が自分を守るために投げた言葉を、

真面目にも自分の問題として受け止めてしまったことから生まれた私自身の構図です。

よくよく考えてみれば分かるのです。

まず私は、

「そんな上手くないくせに!」という言葉に対して心の中でこう反論していました。

「プロレベルじゃないと教えてはいけないの?

じゃあ、本気でプロを目指しているわけでもないあなたにプロ野球選手が教えたいとでも?

ましてやプロから習うほどのレベルにあなたはいるの?」と。

もちろんそんな話ではないですよね。

相手は決して、

「私はきちんと上達したいのでプロから習います。あなたは黙っていてください。」と言ったわけではありません。

この言葉の正体は、

“自分と同じと思ってた相手が、

自分よりも出来たという事実を認めたくない”という感情がまず先にあって、

その事実から目を背けるために、

相手(私)を傷つけて悪者にして、

自分と同じとこまで下げようとする心理です。

にも関わらず私は長年、

「私が自分を上だと思ってたから相手を不快にさせたんだ」

と勘違いし、自分を責め続けていました。

でも実際は──

私は自分を“上”だなんて思っていなかった。

そして今回言われた

「上から目線」という言葉。

長い年月を経て、ようやくその意味と背景に気づきました。

振り返ると、

私の人間関係というのはずっと緊張の中にありました。

常に相手の機嫌を損ねないよう、自尊心を傷つけないよう

自分の言動を細かく調整していたのです。

今なら分かります。

一切アドバイスせず、

ただ相手の取りやすいところにボールを投げ、

相手が成長するのをひたすら黙って待つ関係──

それはもはや、

親が子供を見守る姿 に近いものです。

そんな関係性のうえに、

対等である「友人関係」が築けるはずはないということを。

相手も心のどこかでは分かっていたのだと思います。

自分と同い年の子に世話をさせてしまっていること。

そして「自分は世話される側だ」という構図は、自分が“下”だという認識をさらに強め、

その劣等感をより強固なものにしていったのだと思います。

だから相手は余裕がなくなったとき、

長年溜まっていたその劣等感を一気に私に向けたのでしょう。

今思えば、

“上から目線を直したい”ではなく

“上から目線と思われないように言動を気をつけている”時点で、

主語が他人だったのです。

今後はついつい相手の問題を自分の問題だと思い込む癖を手放していきたいです

結局のところ、

私がアドバイスをしてしまったのも、

しなくなったのも、

ただ──

仲良くしたかったから。

楽しく遊びたかっただけなのです。

私は、たとえ方法が間違っていたとしても、

友達と友達でいようと純粋にもがいていたあの頃を誇りに思います。

相手の問題と自分の問題を

少し切り分けれるようになった私でした。

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